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あかり(1)

 中部地方の地方都市に住む藤崎家にその事態が発生したのは長女ひかりの小学入学十日前であった。

 夫(37)の勤め先の地場産業がこのGW空けに東京の新木場に所長一人、所員一人のちいさな営業所を開くことになっていた。会社としては初の東京進出である。ところが所長として赴任することになっていた社員がもらい事故で2ヶ月の入院となり、本社で営業所のバックアップを担当することになっていた夫が営業所の準備に関わっていた関係で社内でもある程度事情を知っていると言うことで急遽東京営業所長として赴任することになったのである。

 夫は営業所開設の準備で忙しく引っ越しなどは全て妻(27)の肩に掛かってきてしまった。家は前任者が見つけていた北区のマンションと決まっていたので二人の子どもを実家に預け、まず長女の入学の手続きにかかった。地元で入学した後であれば転校の手続きですむのでそれも考えたが入学してクラスの人間関係が固まりだした後に転校させると学校になじむまでに時間がかかるだろうと言うこともあり最初から東京の小学校に入学させることにしたのである。一連の手続きも終わり引っ越し、長女の入学式、東京営業所開所も無事おわりほっとした頃に小学校の家庭訪問があった。家族構成の話になり次女あかり(3)の話になったとき「幼稚園にはお入れにならないのですか」と訊かれ「来年です」と答えると「このあたりはどこも三年保育で二年保育はほとんどありませんよ」ときいて地元の幼稚園が二年保育しかなかったので三年保育のことは考えなかった妻はあわてて幼稚園を探しはじめたが近くの幼稚園はどこも満員であった。唯一定員に空きがあったのは隣駅の幼稚園だけであった。同じ町内から通っている園児が一人だけだがいるので幼稚園バスで送り迎えしてもらえるのも魅力であった。

 進藤美津子(26)は孤独であった。

 子どもが好きで保母になりたかったがリズム音痴(保母はオルガンが弾けなくては成らない)であきらめ短大は家政科を選び、卒業後は父の友人の勤め先である総合商社に入社した。男女雇用均等法の第一世代で同期には総合職の女性、なかにはアメリカのビジネススクールでMBAととったという女性もいたが彼女は一般職であった。夫(29)は同期入社で一浪の四大卒で三歳年上であった。入社後の研修で知り合い交際を重ねていたが入社三年目妊娠がわかり寿退社。新居は夫の祖父が人に貸していた北区の一戸建てが空き家になったのでリフォームして住むことになった。入社四年目の夫が忙しいことは社内結婚であるから承知していた。二十三区で一戸建ての地域であるから考えればわかったかもしれないが妊娠、結婚と忙しく考える余裕もなく引っ越してきて驚いたのは隣近所がすべて自分の親よりも上の世代であったことである。回りの家には自分よりも年上で独身の息子・娘が親と同居しているような地域だったのである。そこにできちゃった結婚で26歳と23歳の新婚夫婦が越してきては人間関係を築くこともできず自然、隣近所を避けるように生活していた。一人息子のヒカルの幼稚園を選ぶときも幼稚園バスが送り迎えしてくれることもあって隣駅の幼稚園を選んだ。お受験ブームもあり知育に力を入れる幼稚園が多い中その幼稚園は健康面重視の伸び伸び教育をモットーにしていたので表向きの理由はのびのびと育って欲しいのでと言っていた。

 こうして進藤ヒカルと藤崎あかりは出会ったのであった。

 行きの幼稚園バスに最初に乗り、帰りの幼稚園バスから最後におり、同じ町内に同じ幼稚園に通うのは二人しかいないので帰宅してから遊ぶのも二人または姉のひかりも入れて三人になりがちであった。引っ越してきたばかりで知り合いのいないあかりの母と美津子も毎朝夕バスの送り迎えで顔を合わせるうちに仲が良くなり姉のひかりも含めてお互い用事のあるときには子どもを預けあったりした。小学校でも同じ幼稚園からは二人しか入学しなかったせいか同じクラスになった。二人が小学校に上がるとあかりの母はパートに出始め姉妹が病気になると昼間は美津子が面倒を見るようになった。ヒカルの家には姉妹用の食器や着替えが常においてある状態になっていた。

 あかりにとってヒカルは一番最初のだから一番特別の友達になった。でも、あかりから見るとヒカルは自分より姉を大切に思っている様な気がしていた。

 三年生のクラス替えであかりとヒカルはクラスがわかれてしまった。だが五年生のクラス替えではまた同じクラスになった。

 五年生の秋、あかりの体に変化が現れた。

 あかりにとってそれはいつも不意に現れた。大体同じくらいの周期で現れるので少しは心構えができるが朝は大丈夫だったのにそれが始まると授業中だろうとなんだろうと急に体中の熱が奪われた感じになりふるえが始まり冷や汗が出始める。おなかが痛くなり、手足の関節も痛くなってくる。座っていることができずに保健室へ保健委員に付き添われて行きベッドで横に成らせてもらう。クラス中に特に男子にそれとわかるのがすごく恥ずかしかった。保健室の暖かい布団にくるまると少し寒気とふるえが収まったような気がしはじめ、気が付くとベッドで寝ていた。授業が終わるとヒカルがいつもロッカーにおいてある下着の替えとランドセルを持ってきてくれるので荷物を全てヒカルに持ってもらい、ヒカルに寄りかかりながらヒカルのうちへ行く。

 おばさんがいればおばさんが世話をしてくれるけれどおばさんが留守の時はヒカルが世話をしてくれる。おばさんに言われたとおりヒカルの家に付いたら少し熱めのシャワーを浴びて体を温める。その間にヒカルが替えのパジャマと下着を持ってきてくれて、奥の和室に布団を敷いてくれる。シーツの下におねしょシーツが敷いてあるのが悲しい。部屋のエアコンは夏でも暖房で30度に設定してくれている。そこに寝ておなかに手を当てて暖めてもらう。おばさんの手よりヒカルの手の方が暖かくて楽になる。

 保健室の先生は藤崎さんは体は少しずつ大人になろうとしてるけれどそのときに少しエネルギーが足りないからこうなるの。もう少し大きくなると体のエネルギーが足りるようになるからすれまで我慢してね。という。

 六年生の夏休み、ヒカルと二人で留守番してたらやっぱりなっちゃった。いつもみたいに暖めてもらって寝ていたけれど気が付いたらヒカルも隣で寝てた。 ヒカルおねしょしたのかな? 短パンが濡れてる。 あれ、なんかヒカルのあそこが変な気がする。 あれって、あれなのかな? あ、ヒカル起きた。なんかあわててる。ねたふりしよ。

 中学に入ったらあれはそれほど我慢できないほど痛くならないようになった。ヒカルとはクラスがずっとわかれたままになったけど囲碁部に私も入ったから大丈夫。そのころから上級生だったり同級生、下級生からもつきあって欲しいと言われるようになった。みんな断っていたけどいつも訊かれるのはヒカルのことだった。でも、ヒカルが好きなのはお姉ちゃんだからあたしがヒカルのこと好きだってわかったらヒカルが困るからいつも違うと答えていた。

中三の五月ヒカルがヘンだ。
対局に行かなくなった。
でも、七月また行くようになった。
ヒカル苦しそうだったのに何もして上げられなかった。
十月、志望校を絞りはじめた頃またあれが少しいたくなってしまった。
十一月、小学生の頃よりイタイ!!保健室につれていってもらった。

 保健の先生は受験のストレスのせいじゃないかしらと言った。小六の時も同じクラスだった三沢君が教えてくれたと言ってヒカルが向かえに来てくれた。昨日体育があったので体操着を持って帰ってしまっていた。制服は外からわかるくらいしみてしまっているからどうしようと思ったら。ヒカルが今日体育できたから汗くさいけど我慢しろよと言って自分の体操服を貸してくれた。歩いて帰ろうとしたら足がふらついてだめだった。ヒカルがほらといっておんぶしてくれた。下校中のみんなが見てるけどうれしくて恥ずかしさなんて忘れてた。おばさんは留守で小学生の頃のようにヒカルが世話をしてくれた。布団の中でうとうとしていたら唇に感触を感じた。少し、ヒカルにわからないくらい目を開けたらヒカルの顔が微笑んでいた。優しい目をしてた。

ヒカル、お姉ちゃんじゃなくてあたしのこと好き?
いつもの訊きたくてでもきいちゃったら怖い答えが返ってきそうな、ヒカルを失ってしまうかもしれない質問はやっぱりできなかった。

 受験が始まったせいかこのところ続いていたつきあって欲しいという呼び出しはずっとなかった。ほっとしていた。
高校が決まった。卒業式で撮った写真、金子さんたちは郵送にしたけど久美子には家に行って手渡しにすることにした。

 久美子と久しぶりにあっておしゃべりしてたらヒカルの話になった。久美子は怒っていた。あたしとヒカルがつきあっているのに自分に黙っていると思っていたからだ。誤解だと言っても信じてくれない。しかも学校中そう思っていたなんて言い出した。なんで、ってきいたら十一月の時の話になった。ヒカルの名前の入った体操服を着てしかもTシャツだけじゃなくてパンツも。ヒカルにおぶられて具合悪くて保健室に行ったはずがうれしそうな顔をして帰ったじゃないと言われて。体操服は制服が汚れちゃったから貸してくれただけでと言うとじゃぁ鈴木君の体操着でも着れるのかと訊かれた。ゴリラのような鈴木君を思い出したら自然と首を横に振っていた。

「ヒカルのだから」と小さく言うと
「でしょ。」と久美子は言った。
「あかりは進藤君好きなんでしょ」
「違うよ、そんなこと言ったらヒカルが困るよ。ヒカルが好きなのはお姉ちゃんなんだから。」
「じゃぁ、夏目君から聞いた話教えて上げない」
久美子は夏頃から夏目君とつきあいだしていた。

「なによ」
「男子の間で流れてた話」
あの次の日、下校の時校庭の裏門のところに男子が何人かでヒカルを待ち伏せして問いつめようとしたらヒカルの方から「あかりは俺とつきあっているんだから手を出すな」とすごい迫力で言ったからみんな固まってしまって、その次の日には全校中の男子が知っていたって。
自分の顔が真っ赤になるのか感じていた。

今度こそ、今度こそ ヒカルにあの質問をしよう。

つづく
2003 年 03 月 26 日作成
著作権:管理人
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