昨日の手合い、気合いを入れすぎたあげく空回りして中押しで負けた。今日は和谷の部屋へゆくつもりで駅まで出てきたのに急に冬の日本海が見たくなった。
その時、急に後ろから肩をコツコツと叩かれた。
「どうしたの、ヒカル怖い顔して。」
「あかり、おまえ何で?学校さぼりか」
「今日、明日と試験休み。蒲田のユザワヤに行こうと思って。ヒカルは?」
「なんか、日本海見たくなった。」
「いいな、私も一緒に行っていい?」
「幾ら掛かるかわかんないぞ」
「今日買い物するつもりだったからお年玉持ってる。」
東京駅で改札の人に「日本海がみたいと」言ったら観光案内所を教えてくれた。観光案内所の人が教えてくれたのは「村上」だった。
新幹線は自由席でも平日のせいか人はまばらで2人席を向かい合わせにして二人とも窓際に座った。大宮あたりまであかりが何かと話しかけてきたけれど生返事をして窓の外を見ていたらいつの間にか黙っていた。いつの間にか二人とも寝ていたらしい。一度越後湯沢で目が覚めて向かい側を見たらあかりも寝ていた。
こんなにあかりの顔を間近に見たのは久しぶりかもしれない。たしかにあかりなんだけど知らない女の人のようにも見える。なぜか唇に目がゆく。よく憶えているはずのあかりの顔より唇が赤い気がする。キスをしたい衝動に駆られる。新幹線がブレーキを掛けたゆれであかりが目を覚ました。もう乗換駅だ。
何回か電車を乗り継いで村上についた。電車を降りたら腹が減っているのに気づいた。駅の人にラーメン屋を教えてもらった。ラーメンを食べている間もあかりの唇が気になる。
海を着いた。海を見ているうちに何で海が見たくなったのか忘れた。 あたりはすでに暗い。足が濡れたのを感じて足元を見ると海際のホテルのネオンで波が足元まで来ているのが見えた。隣にいるはずのあかりを見る。あかりも俺を見ている。唇を合わせていた。
くるぶしのあたりまで海水が来ている。二人ともホテルのネオンを見てる。
どうやって部屋に入ったのか憶えていない。最初は二人とも濡れた物をぬいでいただけのはずなのに二人とも裸で抱き合っていた。部屋の電気は恥ずかしくてつけられなかった。天窓から入ってくる月明かりだけでお互いを見ていた。背中にかかるほど長いあかりの髪は海のそばにいたせいか湿っていてしなやかだった。二人とも知っているのはキスだけだった。
何度もキスをした。唇だけでなくお互いの体中に。あかりは白いシーツを身にまとっている。ベッドサイドの鏡に映る姿は白い海を泳いでいる魚のようだった。
その海の中に自分も入っていった。
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